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『クネレルのサマーキャンプ』

待望の第二翻訳作品集

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 『突然ノックの音が』に続いて日本で出版された待望の作品集。過去の短編集の中から選ばれた作品31編で構成されている。

 中心にあるのはケレットには珍しい中編である表題作。中編なのだが、書き方はあまり小説的ではなく断片的なのが不思議。自殺した人だけが辿り着く「あの世」は、この世とほぼ一緒でしかもちょっとだけ悪い。住んでいる人は皆自殺した時のままの姿だから頭に穴が開いてたりするし、かと思うと全員次々と自殺したのか一家全員揃っている家族がいたりもする。そこにかつての恋人が自殺してやってきたらしいと聞いた主人公は、彼女を探して旅に出る。

 他にも、言葉だけで表現する小説だからこそできる、同じ考えが同じものの形を取る世界を描く「物語の形をした考え」、我々のそれぞれの恋愛の運命を握っている誰かがいるのでは?ということを思わせる奇想の話「君の男」、人が当たり前にびんの中に入れられてしまって、でもそれはマジックで、入れた方も入れられた方もビール飲んであっけらかんとしている不思議なリアリティを描く「びん」、天使ではなく「羽の生えた嘘つき」が出てくる「壁の穴」など、ケレット作品のテイストを余すところなく味わえる作品集である。

 

 そして、なんと言ってもこの短編集は、日本でも最も早くケレットの才能に目をつけた、ヘブライ語文学翻訳の第一人者母袋夏生さんが、ずっと訳し溜めてこられた原稿があったからこそ初めて、日本の読者に届けられたものである。そういう長い蓄積の上に初めてわれわれはケレット作品を楽しむことができている。感謝。